オーストラリアの医学生が小型セスナ機に乗って「空飛ぶ医学生」になった話

 

オーストラリアの中でも、

へき地中のへき地にある小さな町のひとつ、

Bidyadangaの町へ医療活動に行ってきた。

 

ブルームの小さな空港から

35分ぐらい南下にフライトしたところに

Bidyadangaはある。

 

ぼくは、小さなセスナ機に乗り、

わけのわからないメーターが沢山ついた

副操縦士の席に座り、空に旅立った。

 

「空飛ぶお医者さん」の一歩手前である

「空飛ぶ医学生」になれただけでも、

空の旅は満足のいくものだった。

 

ブルームを空から眺めると、

町の規模がとても小さいことが分かる。

 

そのことを強く感じたのは、

ぼくが同級生と共同生活をしているアパートを

空からいとも簡単に見つけることができた時である。

 

駐車場に置いてあるぼくの車も、

当たり前のようにいつもの場所にあった。

 

Bidyadangaの空港は、

原始的といっていいほど、何もない。

 

税関や管制塔もない。

従業員もいない。

 

さら地に、滑走路とセスナ機を入れる車庫が置かれている。

そして、風の速度と方角を目測で図るための

鯉のぼりが置いてあるだけである。

 

実際の着陸シーン(音楽:Lowlands by Trent Humphrey)

 

Bidyadanga Community Clinic は、

町のスーパーマーケットのとなりにある。

食料品や日用雑貨品などが置かれているが、

値段はブルームの2~3倍ぐらいする。

 

とても高い。

 

そのうえ、食品の鮮度は、

控えめに言っても Questionableとしか表現のしようがなかった。

 

ここで暮らしている先住民の方々は、

どうやって高収入を得ているのだろうと調べてみると、

ガビンジ(GubingeもしくはKakadu plum)と呼ばれる

フルーツ類で最もビタミンCを含んでいるといわれる

果実を栽培していることが分かった。

 

日本人にはなじみがないと思うが、

実はすでに日本企業とロシア企業が

その販売権を争っていると

ナースが教えてくれた。

 

GubingeもしくはKakadu plum

出典:sevencanaries.com.au

 

Bidyadangaで出会った患者さんはすべて先住民の方で、

老若男女問わず、

様々な症例に触れる機会を与えていただいた。

 

ぼくが男性であるというとことで問診を断った10代の女の子を除き、

すべての患者さんに対して問診・身体検査・診断・治療に関わることができた。

もちろん、お医者さんの指導の下で。

 

初日のクリニックが午後5時ぐらいに終わると、

ぼくはビーチに向かった。

 

途中、町のバスケットコートで遊んでいる小学生たちに、

ビーチまでの行き方を尋ねた。

 

アジア人をあまり見たことのない子供たちは、

好奇心と恐れのはざまですこしたじろいでいた。

 

それでも、好奇心と親切心と勇気が優位に立ち、ビーチまでの道を教えてくれた。

 

ぼくがひとりでビーチまでの道を歩いていると、

ふたりの男の子が後ろから追いかけてきた。

 

「ビーチまでの道を案内してあげるよ」と言った。

 

名前は、カヤとタイといった。

 

カヤはプロバスケット選手になることが夢で、

タイはプロの写真家になることが夢だといった。

 

ビーチまでの道は20分ぐらいあり、

4WD自動車が作ったあぜ道の上を、

ぼくはサンダルで、男の子たちは裸足で歩いた。

 

道の途中、

赤い砂の上に

様々な動物の足跡があることを

カヤが教えてくれた。

 

その中には、

Blue tongue lizardもいれば、

カンガルーもいた。

そして、猛毒蛇のKing Brownの通った跡もあった。

 

その日は、海が干潮で、

海水はビーチから約2キロぐらいところまで引いていた。

 

海は、先住民の子供たちのように、

アジア人のぼくに少しびっくりしたのかもしれない。

 

カヤとタイは「蟹を見せてあげる」と言って、

ぼくの手を引いて、まだ乾いていない海の底をドンドンはだしで歩いて行った。

 

途中、牡蠣などがむき出しになっているのに、

それもお構いなしで歩いて行った。

 

もしかしたら、柔らい牡蠣なのかもしれないと思ったぼくは

サンダルを脱いで恐る恐る足をのせてみたが、

牡蠣の硬さはぼくが知っているあの硬さと同じだった。

 

先住民の人たちは

穴の中に住んでいる蟹を

銛で突いて捕まえる。

 

子供たちも同じように

木の枝を折って即席の銛を作って狩りをしていた。

 

捕まえることはできなかったが、

何も知らないぼくに狩りのことを教えてくれた男の子たちの顔は

とても誇らしげだった。

 

ひとは、自分の知識をほかの人に伝えながら

成長してゆく生き物なのだ。

 

カヤとタイとは、

その後もバスケットや

オーストラリアンフットボールなど

いろいろな試合に招待してくれて、

楽しい時間を共有した。

 

子供たちと遊んでいるアジア人がいるらしいぜ、

ということで町中の女の子や大人たちも見物に来てくれた。

 

ぼくをMateと呼んだり、

Sirと呼んだりする人もいたし、

Hiroと恥ずかしそうに呼んでくれる人もいた。

 

ある少年が、

バスケットの試合中に、

薬指を大きく脱臼した。

 

医者でもないぼくのもとにみんなが集まり、

どうすればいいのかとしきりに聞いてきた。

 

ぼくはもちろん、

RICE(Rest, Ice, Compression, Elevation)の応急処置をして

「クリニックに連れて行こう」といった。

 

翌日、少年はX線検査のためにブルームに連れていかれた。

 

子供たちとスポーツで遊んだあとは、

ドクター専用の家に帰り、

シャワーと夕食を食べて、

先生たちと世間話をした。

 

消灯をして部屋のブラインドを開けると、

空には南十字星とポインターズが輝いていた。

 

出典:nightinfocus.wordpress.com

 

 

Bidyadanga以外にも、

MulanBillirunaBalgoなどの

へき地医療にも従事させていただいた。

 

 

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